水深計
水中で増す圧力を機械式の感圧素子で読み取り、潜行中の水深を文字盤上に示す、ダイバーズウォッチ固有の計測機構。
- INVENTOR
- ファーブル・ルーバ
- YEAR
- 1968
- CLASS
- 計測・表示 · 計測機構
- 搭載モデル
- 未収録
概要
仕組み・原理
01静水圧から水深への変換
水深計の根幹は、流体中の圧力が深度に応じて増加するという静水圧の原理にある。水中の任意の点における圧力は、水の密度、重力加速度、深度の積で与えられ、海水中ではおよそ10mごとに約1bar(約100kPa)ずつ上昇する。この線形的な関係を機械的な変位に変換し、針や水面の位置として文字盤に示すことが、水深計の本質である。圧力という不可視の物理量を機構によって可視化するという点で、温度計や気圧計と同じ系譜の計測機構に属する。
02感圧素子の三方式
腕時計の水深計には、大きく分けて三つの感圧方式が用いられてきた。
ブルドン管(Bourdon tube)方式 は、19世紀半ば(1849年頃)にフランス人技師ユージン・ブルドンが工業用圧力計向けに考案したものを腕時計に応用する。湾曲した薄壁の金属管に内側から圧力が加わると、管がわずかに直線化する性質を利用する仕組みで、その端部の微小変位をラック&ピニオンによって指針の回転に変換する。IWC「GST ディープ・ワン」(1999年)は、この管をムーブメントの周囲に巡らせて組み込んだ。
隔膜(メンブレン)方式 は、ケース外周や裏蓋に設けられた弾性のある薄い金属板が外側の水圧で内側に撓む変位を、歯車列で増幅して指針へ伝える。IWC「ディープ・ツー」(2009年)・「ディープ・スリー」(2014年)、ジャガー・ルクルト「マスター・コンプレッサー・ダイビング・プロ・ジオグラフィック」(2007年)、ブランパン「Xファゾムズ」が採用しており、ブランパンは非晶質金属を膜材に用いている。
気体圧縮(ボイル・マリオットの法則)方式 は、密閉された気体の体積は圧力に反比例するという古典的な法則を応用する。オリス「アクイス・デプスゲージ」が代表例で、通常より厚いサファイアクリスタルの縁に細い溝を彫り、12時位置の小孔から水を導く構造をとる。深度が増すと溝内の空気が圧縮され、空気と水の境界面が目盛上を移動する。
03精度と運用上の限界
水深計の指示は大気圧を基準とした較正に依存するため、標高や気圧の変化があれば事前のゼロ点調整が望ましい。海水と淡水では密度差により2〜3%程度の指示差が生じるとされ、目盛は通常海水基準で刻まれる。気体圧縮方式は圧力と体積が反比例関係にあるため目盛は非線形となり、深部ほど刻みが密になる。
なお現代の潜水管理は電子式ダイブコンピュータが主役を担っており、機械式水深計はその補助的な指示器、あるいは機械式時計としての技術的表現としての位置づけが現実的である。
歴史
01圧力計測機構の前史
腕時計の水深計が応用したブルドン管は、19世紀半ばにフランス人技師ユージン・ブルドンが工業用圧力計として考案したもので、湾曲した金属管が内部圧力で直線化する現象を利用する。現在も液体の圧力計測に広く使われている。腕時計に水深計を組み込むという発想は、こうした既存の圧力計測技術の系譜のなかから現れた応用と位置づけられる。
02ファーブル・ルーバ「バシー」 — 1968年
腕時計に機械式水深計が搭載された最初の例は、1968年にファーブル・ルーバが発表した「バシー」とされる。同社は1962年に大気圧から高度を読み取る腕時計「ビヴァーク」を世に送り出しており、空気圧計測機構の応用先を逆方向の用途、すなわち水圧計測に転じたかたちである。バシーは水深50mまでを表示し、潜水時間と現在の水深を同一の文字盤上に示した。水深計のためにケース内へ海水を導き入れる設計は、時計の防水という当時の常識に反するものだった。メートル表示の「バシー50」のほか、英米市場向けにフィート表示の「バシー160」があり、1967年から1972年までの生産数は600本に満たないとされる。
03IWC「アクアタイマー・ディープ・ワン」 — 1999年
機械式水深計の存在を時計愛好家に広く印象づけたのが、IWCが1999年に発表したチタンケースの「GST ディープ・ワン」(Ref. 3527)である。当時IWCに在籍していたリシャール・ハブリングがブルドン管の機構を手がけ、管をムーブメントの周囲に巡らせた。現在の深度と最大到達深度を2本の針で示し、計測は45mまで(約50mから先は保護機構が働く)。4時位置の竜頭は管の弁を兼ね、ゼロ点の調整にも用いるとされる。
04派生方式と現代への展開
2000年代以降、各ブランドが異なる物理原理を試みている。ジャガー・ルクルトは2007年の「マスター・コンプレッサー・ダイビング・プロ・ジオグラフィック」で、水をケースに入れずに水圧を伝える膜式の圧力計を採用した。IWCは後継機「ディープ・ツー」(2009年)および「ディープ・スリー」(2014年)でブルドン管から、ケース左側の大きなリューズに収めた膜式へ移行している。ブランパンは「Xファゾムズ」で非晶質金属を膜材に持ち込み、オリスは「アクイス・デプスゲージ」でサファイアクリスタルの溝にボイル・マリオットの法則を応用した。実装方式の多様性こそ、この機構の現代における大きな特徴である。
代表的な実装
ファーブル・ルーバ バシー (1968年)
腕時計に機械式水深計を最初に組み込んだ歴史的モデルとして語られる。水深50mまでを表示し、同社の高度計内蔵モデル「ビヴァーク」で培った圧力計測技術を逆方向の用途に転じた応用例である。2018年には、120mまで計測し最大到達深度を記録する膜式の「レイダー・バシー120 MemoDepth」が発表された。
IWC GST ディープ・ワン (1999年, Ref. 3527)
リシャール・ハブリングが手がけたブルドン管の機構を備える一本。チタンケース、リューズで操作する内回転ベゼル、竜頭からのゼロ点調整機構を備え、現在深度と最大到達深度を示す。
ジャガー・ルクルト マスター・コンプレッサー・ダイビング・プロ・ジオグラフィック (2007年)
水をケース内部に入れない膜式の圧力計を採用した実装。平らな大きな膜ではなく、小さな受圧蓋とバネを縦長の室に収める構成をとる。
ブランパン Xファゾムズ
オリス アクイス・デプスゲージ
通常より約50%厚いサファイアクリスタルの縁に溝を彫り、ボイル・マリオットの法則によって空気の圧縮量から水深を示す実装。空気と水の境界面が直接目盛を指すため、可動部品を持たない。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 専門メディア In-Depth - A Guide to the Depth Gauge Watches
- 02 専門メディア A Comprehensive Look At Mechanical Depth Gauge Watches - Quill & Pad
- 03 専門メディア Hands-On with the Favre-Leuba Raider Bathy 120 MemoDepth | SJX Watches
- 04 専門メディア Diving in Style: IWC's New Aquatimers | WatchTime
- 05 専門メディア Aquatimer Deep Three | Worldtempus
- 06 専門メディア Raider Bathy 120 MemoDepth | Worldtempus
- 07 オークション FAVRE LEUBA, REF. 53243, BATHY 50, STAINLESS STEEL | Important Modern & Vintage Timepieces | Monaco,July 13, 2024
- 08 オークション IWC Phillips Watches Online Auction: The Hong Kong Sessions, Fall 2023
- 09 フォーラム IWC GST Deep One Was The First Ever Dive To Feature A Depth Gauge, But How Did IWC Manage This Genius. | Community | IWC Collectors Forum