03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
1. ファウンデーションが定めた様式
スピーク・マリンの原点は、創業者ピーター・スピーク・マリンが独立前に手づくりした懐中時計にある。「ファウンデーション・ウォッチ」と呼ばれるこの一作は、二系統の動力を備えたトゥールビヨンを収めていた。ブランドの様式と哲学は、ここで定まった。トッピングツール(やすりの一種)を象ったケージは、その象徴である。ヒートブルーの「ファウンデーション」針やピカデリーケースとともに、以後の作品へ受け継がれた。創業者は、トゥールビヨンを精度よりも「文字盤に与える動き」ゆえに愛したと語る。
2. 自社製ムーブメントへの道
2009年、ブランドは初の完全自社製自動巻となるCal. SM2を完成させた。ドイツ銀のブリッジと、特徴的な巻き上げローターをもつキャリバーである。毎時21,600振動・72時間という基本設計は、ここで確立された。翌2010年には手巻のSM2mが続いた。2012年に経営権がクリステル・ロスノブレへ移ると、自社開発体制の整備が進む。この流れの中で、トゥールビヨンを自動巻で駆動する新キャリバーとして構想されたのがSM3である。
3. マイクロローターという解
SM3の主題は、自動巻機構とトゥールビヨンの両立にあった。中央ローターは、美しいトゥールビヨンを覆い隠してしまう。そこで採られたのが、香箱の上にプラチナ製マイクロローターを載せる構成である。ローターは脇に退き、機構の全体が露わになる。マジスター・トゥールビヨンの文字盤には「3Hz」「Platinum Mass」の文字が控えめに記された。機構そのものを主役に据える姿勢が、そこに示されている。
4. SMAファミリーへの橋渡し
SM3は2013年に着手され、2014年に公開された。以後、彫金や宝飾を施したドンソン・トゥールビヨンなどの派生作にも展開される。2015年以降、ブランドは自社製ムーブメント群「SMA」を本格展開する。開発と組み立ての拠点は、ヌーシャテルの工房Le Cercle des Horlogersである。SMA05やSMA-HH02などの後続トゥールビヨンも、毎時21,600振動とマイクロローターを踏襲する。SM3は、その橋渡しの位置にある。
04 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
SM3は、直径30.40mm・厚さ5.40mmのキャリバーである。25石、シングルバレルの自動巻トゥールビヨンを基本構成とする。
巻き上げを担うのは、プラチナ950製のマイクロローターである。マイクロローターは径が小さく、慣性モーメントも小さい。巻き上げ効率を保つには、高比重の素材が要る。プラチナ950は、その要求に応える金属である。直径16.40mmのこのローターは、地板へ沈める通常の構成をとらない。オフセットされた香箱の上に、単独で載せられる。ムーブメント全体の厚みを抑える点では不利な配置である。それでも、トゥールビヨンを覆わず機構を見せる構成が優先された。
調速にはグリュシデュール製のテンプを用いる。グリュシデュールはベリリウム銅系の合金で、温度変化による寸法の狂いが小さい。リムには4本のチラネジを備え、薄く仕立てられる。振動数は毎時21,600振動 (3Hz) で、1秒あたり6振動に相当する。一般的な4Hz機よりも低い設定である。低い振動数は、テンプが消費するエネルギーを抑える。
動力源はシングルバレル一つである。トゥールビヨンは絶えず動き、相応のエネルギーを要する機構である。これを軽量なケージと低い振動数が補う。巻き上げ機構を備えながら、72時間を超える持続時間を得ている。
文字盤側の主役は60秒トゥールビヨンである。ケージは、ブランドの象徴であるトッピングツールを象る。下部はパドル形のブリッジで支持される。このブリッジには、硬く薄く成形できるデュルニコ(マルエージング鋼)が用いられる。1分で一周するケージが、秒の運針を兼ねる。テンプの姿勢差をならし、精度の安定に寄与する機構である。トッピングツール形のケージは輪郭が複雑で、面取り(アンギュラージュ)は容易ではない。角を一つずつ手で磨く工程に、独立時計師の手仕事が表れる。
仕上げは、ドイツ銀(銅・ニッケル・亜鉛の合金)の地板とブリッジを基調とする。ドイツ銀は経年で独特の色を帯びる素材だが、本機ではロジウムで整える。表面には円形の地模様が施され、ネジ頭と座ぐりは磨き上げられる。ローター両脇のブリッジには、石数やトゥールビヨン、プラチナローター、振動数といった諸元が刻まれる。文字は4N金メッキで仕上げられる。軟鉄インナーケースのような耐磁構造はもたない。裏蓋から機構を見せる、開かれた設計思想ゆえである。クロノメーター認定ではなく、手仕上げと調整に精度の根拠を置く一作である。