設計思想
小径化の潮流に背を向けた1本
2010年代後半以降、ブラックベイは小さくなる方向へ歩んできた。2018年のブラックベイ フィフティエイトは39mm、2023年のブラックベイ 54は37mmであり、コレクションの重心は明らかに下へ移っていた。2025年4月、チューダーがWatches and Wonders Geneva 2025で示したのは逆の答えである。直径43mm、ブラックベイで最も大きいケースを持つブラックベイ 68が、シルバーとチューダー ブルーの2仕様同時に発表された。M7943A1A0NU-0002は、そのうちシルバー文字盤を担う。ブランドはこの投入を、あらゆる手首に合うサイズを揃えるための一手と説明している。
「68」が指しているもの
54は1954年のRef. 7922、58は1958年のRef. 7924と、いずれも具体的なダイバーズウォッチの年号を名前に借りていた。対して68が指すのは、スノーフレーク針が生まれた1968年である。この針が正式にカタログへ載るのは翌1969年であり、名前が参照しているのはモデルではなく意匠そのものだ。したがって43mmという寸法に1968年の根拠はない。数字は寸法ではなく針の出自を示している。
43mmの前例と、その置き換え
ブラックベイで43mmを名乗ってきたのはブロンズ (Ref. 79250BA) のみで、ケースは青銅、装着はストラップに限られていた。ステンレススチールのケースにブレスレットを組み合わせた43mmは、68が最初となる。搭載するCal.MT5601-Uも系譜を共有する。MT5601はもともと43mmのブロンズを収めるため、41mm用のMT5602を口径33.8mmへ拡大して起こされた設計であり、その発展形が本機で初めてMETAS認定を受けた。ブロンズが担ってきた大径の枠を、鋼とブレスレットで引き取った格好である。
認定を先に引き受けた側として
発表時点で、マスター クロノメーター認定を持つチューダーのモデルはまだ限られていた。ブラックベイ フィフティエイトが同認定へ移行したのは2026年であり、68は認定拡大の先行例にあたる。複雑機構を足さず、寸法と認定という2点だけで立ち位置を定めたモデルである。
意匠分析
ケースは直径43mm、厚さ13.6mm。サテン仕上げを基調に、側面のベベルへポリッシュを通す構成で、41mm以下のブラックベイと同じ処理を寸法だけ引き伸ばしている。公式はこの43mmケースについて、従来のプロポーションを保ちながらわずかに薄く仕上げたと説明する。ラグ幅は22mm、ラグ間距離は51.8mmとされ、直径から想像するほどは手首から張り出さない。
リューズは本機のために描き直されている。チューダーが過去のテクニカルウォッチに与えたリューズの曲線を引き、ミドルケースの側面へ収まるため、チューブが外から見えない。ベゼルは60分逆回転防止で、側面には指がかりのための刻みが入る。インサートはマットブラックのアルマイト加工アルミニウムで、数字は外周リングの弧に沿って緩やかに湾曲する。風防はドーム型のサファイアクリスタル、裏蓋はスクリュー式のソリッドバックである。
文字盤はドーム型、サンブラッシュサテン仕上げのシルバーで、放射状のブラッシュが直射光の下で細く光を返す。ブルーの-0001が針とマーカーにシルバーのアクセントを持つのに対し、シルバーの-0002は黒でアクセントを締める。明るい地に黒の輪郭が乗るため、ブラックベゼルとの関係は対比ではなく連続になる。時針はスノーフレーク、分針はソード、秒針は先端に円形の夜光を置いたロリポップで、初期のダイバーズウォッチの秒針を引いている。夜光にはグレードAのスイス製スーパールミノバを用いる。
ブレスレットは3列リンクだが、ブラックベイが長く用いてきたリベット表現を持たない。側面は装飾のないサテンブラッシュで、リンク幅を段階的に落とす従来の「ラダースタイル」より緩やかなテーパーを描く。クラスプにはT-fitが組み込まれ、工具なしで8mmを5段階に調整できる。セラミックのボールベアリングを介するため、開閉の感触も従来と異なる。
系譜と歴史
ブラックベイ 68は、2025年4月にジュネーブで開催されたWatches and Wonders 2025で発表された。チューダーはブルー文字盤のM7943A1A0NU-0001とシルバー文字盤のM7943A1A0NU-0002を同時に公開しており、本機は後から加わった派生ではなく、初出時から並立した2仕様の一方である。発売時の構成はステンレススチール製3列ブレスレットのみで、ストラップ仕様は用意されなかった。日本市場向けの発表も同じ2025年4月に行われている。
METASによるマスター クロノメーター認定は、後年の改訂で加えられたものではない。発表時点から与えられており、43mmという新設の枠が最初から認定側に置かれた形である。
2026年4月のWatches and Wonders 2026で、チューダーは創業100年に合わせてブラックベイ フィフティエイトの改訂、ブラックベイ 54の新色、ブラックベイ セラミックへのセラミックブレスレット追加などを発表したが、ブラックベイ 68には色違いも素材違いも追加されなかった。限定生産や地域限定の仕様も、これまで発表されていない。M7943A1A0NU-0002は発表から一度も仕様変更を受けないまま、現行として供給されている。