設計思想
小型化の潮流に対する回答
2020年代前半のチューダーは、縮小の方向へ歩んでいた。2021年に39mmのブラックベイ 58をヒットさせ、2023年には37mmのブラックベイ 54を投入する。市場全体もヴィンテージ志向の小径化が主流だった。その流れの中で2025年4月1日、Watches and Wonders Genevaで発表されたのが、43mm径のブラックベイ 68である。M7943A1A0NU-0001はその青文字盤仕様にあたる。
チューダーはこの拡大を「あらゆる手首に応えるサイズ展開の完成」と位置づけた。37mm、39mm、41mmと刻んできたブラックベイの階段に、最上段を足した格好である。スティール製ブラックベイとしての43mmは初であり、それまで同径はブロンズケースのブラックベイ ブロンズ(79250)だけが担っていた。
「68」が指し示すもの
ブラックベイの数字はサイズではなく年号を示す。54は1954年のサブマリーナー Ref. 7922、58は1958年のRef. 7924に敬意を払った命名である。68が参照するのは、スノーフレーク針が構想されたとされる1968年だ。この角張った独特の針は翌1969年にカタログへ加わり、以後チューダーの意匠的署名となった。本機は特定の歴史的モデルの復刻ではなく、ブランドの造形言語が生まれた瞬間そのものへのオマージュという、やや抽象度の高い性格を持つ。
METAS世代の本流として
ブラックベイ 68は、企画段階からMETAS認定を前提に設計された点でも節目となる。チューダーは2023年の41mm版ブラックベイでマスター クロノメーター認定を初導入し、以後この基準を主力に広げてきた。本機が積むMT5601-Uは、ケニッシ製のマニュファクチュールキャリバーをMETAS仕様へ更新したもので、ケーシング後の精度を日差0〜+5秒に収め、15,000ガウスの磁場への耐性を保証する。後付けの認定取得ではなく、新系統の出発点に最初から据えられたことが、このコレクションの設計思想を物語る。
兄弟機と現在地
発表時のラインアップは2本である。本機の青に対し、M7943A1A0NU-0002はサンブラッシュドのシルバー文字盤をまとい、針とインデックスの縁を黒く処理して表情を変えている。日付表示を持たない3針構成、ブレスレット仕様のみという簡潔な構成は両機共通で、2026年6月時点でも追加派生は登場していない。43mmという未踏のサイズで新たな系統を立ち上げた基幹機として、本機はブラックベイ拡大史の現在の到達点に立つ。
意匠分析
43mmへの拡大で最も警戒されるのは厚みの肥大だが、ブラックベイ 68のケース厚は13.6mmに抑えられている。従来のブラックベイのプロポーションを保ちながらわずかに薄く仕上げたとされ、径の拡大が鈍重さに直結しない造形を狙っている。ラグ幅は22mmで、サテンとポリッシュを切り分けた仕上げは従来路線を踏襲する。
ベゼルは60分目盛りの逆回転防止式で、インサートはマットブラックの陽極酸化アルミニウム。数字は外周リングの円弧に沿うよう緩やかにカーブした書体で刻まれ、側面には握りの効く刻みが施される。ダイアルはドーム型のサンブラッシュド仕上げによる「チューダーブルー」。直射光の下で放射状の繊細な輝きを見せる。アプライドのインデックスと針にはグリーンに発光するグレードAのスイス製スーパールミノバが充填される。
針は当然のようにスノーフレークが据えられる。注目すべきは秒針で、初期ダイバーズを想起させるロリポップ型が採用された。リューズも新規設計である。歴史的なテクニカルウォッチのカーブを引用したフォルムでミドルケース側面に収まり、チューブが外から見えない。ねじ込み式でチューダーローズが浮き彫りされる。
ブレスレットは本機の要点のひとつだ。ブラックベイの定番だったリベット風の側面装飾を廃し、サイドを滑らかに仕上げた新しい3連構成となった。工具なしで微調整できる"T-fit"クラスプを備える。ヴィンテージ引用を一枚剥がし、現代的な道具としての顔を選んだ判断といえる。
MT5601-Uは直径33.8mm、毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブ70時間。シリコン製ヒゲゼンマイと、両持ちブリッジで支えられた慣性可変テンプを持ち、週末を越えても止まらない実用性と耐磁性を大型ケースの余裕の中に収めている。
系譜と歴史
ブラックベイ 68は2025年4月1日、ジュネーブのWatches and Wondersで発表された。この年のチューダーは、バーガンディ仕様のブラックベイ 58、オパラインダイアルのブラックベイ プロ、1,000m防水のペラゴス ウルトラなどを同時に投入しており、ブラックベイ 68はその中で唯一の完全新規コレクションだった。発表時のレファレンスは2本。青文字盤の本機M7943A1A0NU-0001と、シルバー文字盤のM7943A1A0NU-0002である。いずれも3連ブレスレット仕様のみで、ストラップ仕様の設定はない。発表後、両機は2025年中に順次販売が開始され、日本市場にも同年内に導入された。スイスでの発表時参考価格は4,350スイスフランと案内された。以後、文字盤やブレスレットの仕様変更は確認されていない。2026年4月のWatches and Wondersではモナークの復活やブラックベイ クロノの39mm化が話題を集めたが、ブラックベイ 68への追加はなく、コレクションは発表時の2本構成を維持している。2026年6月時点で本機は現行モデルである。発表から日が浅く、生産履歴はなお書き出しの段階にあるといえる。