設計思想
F-4ファントムIIへの追慕
F-4ファントムIIは、アメリカで艦上戦闘機として生まれ、のちに各国へ広く採用された西側を代表する戦闘機である。日本ではF-4EJの名称で1971年から航空自衛隊に配備され、半世紀にわたり防空の最前線を担った。その独特の機影と長い現役期間から、航空ファンのあいだで「ファントム」の愛称とともに記憶されてきた機体である。
2020年から2021年にかけて、その日本での運用が完全に幕を下ろした。556.F-4は、この退役を称えるためにSinnが日本市場へ向けて企画した限定モデルである。ドイツのSinnは、コックピットクロックやパイロットウォッチを源流に持つ作り手であり、航空という主題と結びつきの深いブランドでもある。退役する機体への敬意を一本の時計に託す発想は、その出自と無理なく重なる。
556という器の選択
ベースに選ばれたのは、Sinnの代表作である556シリーズのうち、文字盤に3・6・9・12のアラビア数字を備える556.Aである。556は直径38.5mmと、Sinnの中では小ぶりなインストゥルメントウォッチであり、視認性に徹した素朴な意匠を持つ。派手な機構を持たないこの実用機をベースに据えたことは、記念モデルでありながら日常の道具としての性格を残す方向と合致している。
ただし、556.Aが4時から5時のあいだに備える日付表示は、556.F-4では省かれた。文字盤のインデックス位置を別の用途に充てたためである。記念という主題のために、ベース機の標準仕様へあえて手を入れた点に、このRef固有の判断が表れている。
文字盤に刻まれた8個飛行隊
556.F-4を特徴づけるのは、インデックスの大半を航空自衛隊の部隊マークに置き換えた文字盤である。日本でF-4を運用した8個飛行隊のマークが、1時から11時の各位置に一堂に並ぶ。単なる装飾ではなく、半世紀の運用史を一枚の文字盤へ記録するという編集的な意図が読み取れる。
この主題は、後年さらに展開された。2023年には第二弾となる556.F-4.IIが発売され、ネイビーの文字盤とバーインデックスへ意匠を改め、初代にはなかった日付表示を加えている。8個飛行隊を文字盤に配する基本構想を引き継ぎつつ、色とインデックスの解釈を変えた姉妹機といえる。
意匠分析
556.F-4の設計上の核心は、文字盤にある。地は黒で、3・6・9・12の位置には556.Aから受け継いだ夜光付きのアラビア数字が置かれる。残る1・2・4・5・7・8・10・11の8か所には、通常のインデックスに代えて、F-4を運用した航空自衛隊8個飛行隊の部隊マークが刷られている。第301飛行隊や第302飛行隊といった戦闘機部隊に加え、唯一の偵察飛行隊であった偵察航空隊第501飛行隊のマークも含まれる。針はSinnらしいソードハンドで、夜光処理により暗所での視認性を確保する。
ベースの556.Aが4時と5時のあいだに持つ日付窓は、ここでは設けられていない。当該位置を部隊マークが占めるためであり、結果として文字盤は左右に整った構成となった。
裏蓋はサファイアクリスタルのシースルーバックで、内部のローターを見せる。そのローターには、F-4ファントムの公式キャラクター「スプーク」が記されている。スプークは幽霊をかたどったキャラクターであり、機体名のファントム(phantom)が持つ「幽霊」の語義とも響き合う遊びが込められている。
ケースは直径38.5mm、厚さ11mmのステンレススチールで、サテン仕上げを基調とする。風防は両面に無反射加工を施したサファイアクリスタル、リューズはねじ込み式で、200m防水を確保する。加えて、機内の気圧低下に耐える減圧耐性と、4,800A/m(DIN8309準拠)の耐磁性能を備える。いずれもパイロットウォッチとしての実用性を支える要素である。ムーブメントはSellita社のCal.SW200-1で、毎時28,800振動(4Hz)の自動巻である。
ブレスレットはステンレススチール製で、付属としてインテグレーションカウレザーのストラップが1本添えられる。さらに、8個飛行隊の部隊マークのパッチを縫い付けたヘルメットバッグが限定の付属品として用意され、文字盤の主題と呼応する構成となっている。
系譜と歴史
F-4ファントムIIは、F-4EJの名称で1971年から航空自衛隊に配備され、半世紀にわたり日本の防空を担った。偵察任務にあたった偵察航空隊第501飛行隊は2020年3月に解隊し、続く2020年12月には最後の戦闘機部隊である百里基地の第301飛行隊が運用を終えた。2021年3月17日、岐阜基地の飛行開発実験団によるラストフライトをもって、国内のF-4はすべて姿を消した。
556.F-4は、この退役を称える日本限定モデルとして企画された。発売に先立つ情報が伝わったのは2021年10月で、同年11月中旬に市場へ出た。生産数は100本に限られ、発売時の価格は330,000円(税込)とされた。ベースには、アラビア数字の文字盤を持つ556.Aが用いられている。
限定数の少なさもあり、556.F-4は早くに完売し、現在は生産を終了している。主題はその後も引き継がれ、2023年8月1日には第二弾の556.F-4.IIが発売された。ネイビーの文字盤とバーインデックスを採り、初代になかった日付表示を加えた200本限定で、こちらは別途専用の記事で扱う。8個飛行隊の部隊マークを文字盤に配する構成は、初代と第二弾に共通する系譜となっている。