設計思想
スチール路線の延長線上に
モリッツ・グロスマンは2008年、クリスティーネ・フッターがグラスヒュッテに再興した小規模マニュファクチュールである。創業以来、製品は貴金属ケースのドレスウォッチが中心で、年産は200本前後と伝わる。その流れを変えたのが2016年のAtum Pure Mだった。ブランド初のステンレススチールケース、簡素化仕上げ「ピュア・クラシック・フィニッシュ」を施した専用キャリバー、そしてムーブメントを透かし見せるメッシュダイヤルという3つの初物を束ねた意欲作である。Pure Lは、この路線の翌年に追加された第2世代の透かしダイヤルにあたる。
ロングホールという回答
Pure Mのメッシュダイヤルは、グロスマン社内のマイスター候補生による修了制作から生まれたと伝わる。そして2017年のバーゼルワールドでは、社内の装飾職人の発案により、インサートの開孔パターンを変えた2つの派生が登場した。格子状の孔を持つPure Gと、細長い長孔を放射状に並べたPure Lである。Lは「Long Hole」の頭文字で、3種のうち最も開口率が高く、Cal.201.1の地板と輪列をほぼ遮るものなく見せる構成とされた。透かしの密度によって性格を描き分ける、ダイヤル主導のバリエーション展開だった。
黒DLCとブルーの組み合わせ
Pure Lの針とインデックスにはセラミック系充填材HyCeramが用いられ、ホワイト、ブルー、グリーン、オレンジの4色が各25本の限定で展開された。ケースはステンレススチールと黒色DLCコーティングの2種から選択でき、発表時の報道ではDLCの選択が限定数を増やすものではないとされる。MG-001113はそのうち黒DLCケースにブルーHyCeramを組み合わせた仕様で、スチールケースの兄弟RefにはMG-001088が存在する。黒い無彩色の器に寒色を一点だけ差す構成は、Pure系の中でも工具的な性格が際立つ組み合わせである。
派生の広がり
Pure系の透かしダイヤルはその後も展開を続けた。2017年10月にはWatchTime New Yorkで、メッシュや長孔の代わりに髑髏モチーフのインサートを据えたAtum Pure Skullが発表されている。中央インサートを差し替えるだけで意匠を一変できるこの構造は、モチーフダイヤルへの応用可能性を示した。MG-001113は、その展開の起点側に位置する1本といえる。
意匠分析
ケースは直径41mmの3ピース構造で、素材はステンレススチール。本Refはその全面に黒色DLCコーティングを施す。硬質な炭素皮膜で覆われた黒いケースは、貴金属中心だった同社の文法から最も遠い、道具としての表情を持つ。
ダイヤルは多層構造で、時と分を示す2つのリングの内側に、長孔を放射状に開けたステンレススチール製インサートが収まる。メッシュのPure M、格子のPure Gに対し、Pure Lの長孔は開口面積が最も大きく、未処理ジャーマンシルバーの地板が放つ真鍮色がそのまま文字盤の色になる。6時位置のスモールセコンドも同じ透かしの上に重なるため、文字盤と機械の境界は意図的に曖昧にされている。
針は自社製作のランセット(槍)型。焼き入れしたステンレススチール製で、本Refでは時分針とインデックスにブルーのHyCeramが充填される。黒いケースと真鍮色の機械を背景に、視認性を担う要素だけが青く浮かぶ構成である。ブラックのアリゲーターストラップにも同系色のステッチが入り、配色の統一を図る。
搭載されるCal.201.1は、Pure系専用に仕立てられた手巻きキャリバーである。2/3プレートと柱で構成されるグラスヒュッテ伝統のピラームーブメントを未処理ジャーマンシルバーで組み、仕上げは手彫り彫刻を省いた簡素な「ピュア・クラシック・フィニッシュ」とする。リューズを引くと針合わせモードに入り、ケース側面のプッシャーで機械を再始動させるグロスマン式手巻き機構は本機にも受け継がれ、その作動はダイヤルの開口部からも観察できる。毎時18,000振動 (2.5Hz) のゆったりした歩度も、機械を眺める時計という性格に適う。
系譜と歴史
Atum Pure Lは2017年3月のバーゼルワールドで、格子ダイヤルのAtum Pure Gとともに発表された。前年2016年の同見本市でデビューしたAtum Pure M(ブランド初のスチールモデル)に続く、透かしダイヤルの第2弾である。発表時の構成はHyCeramの色がホワイト、ブルー、グリーン、オレンジの4色で、各色25本の限定。ケースはステンレススチールと黒色DLCの2仕様が用意され、発表時定価はスチールが12,800ユーロ、DLCが13,500ユーロと報じられた。MG-001113はこのうちDLCケース×ブルーの組み合わせにあたる。
なお、WatchBaseは本Refの製造年を2016年と記載するが、Pure Lの発表は複数の同時代報道で2017年と確認でき、2016年はPure Mの登場年である。同年10月にはWatchTime New Yorkで、Pure系の構造を流用したモチーフダイヤルのAtum Pure Skullが発表され、インサート交換式という設計の発展性が示された。
限定生産のため継続的な仕様変更の記録はなく、25本の完売をもって生産は完了したとみられる。現在のモリッツ・グロスマン公式カタログにPure Lの名は見当たらず、本Refは2017年前後の短い期間に生産された限定機として完結している。