設計思想
禁欲のアトゥムに差した「春」
アトゥムは、モリッツ・グロスマンが2013年のグラスヒュッテ新社屋落成に合わせて発表した、ブランド第2のモデルファミリーである。銀色や炭色の文字盤にランス形の手作り針を載せた端正な3針時計として始まり、自社製Cal.100.1の造形美を主役とする設計思想を貫いてきた。その禁欲的なアトゥムに色彩を持ち込んだのが、2017年3月のバーゼルワールドで発表されたプリマヴェーラである。イタリア語で「春」を意味する名のとおり、ブルー、イエロー、レッドの3色のサンバースト文字盤が用意され、MG-000976はそのうちアイスブルー文字盤とホワイトゴールドケースを組み合わせた1本にあたる。
ギター工房に由来する塗装技法
プリマヴェーラの文字盤は、ギター製作者の間で「ツートーン・サンバースト」と呼ばれる重ね塗りの技法で仕上げられている。透明から不透明へと連続する色のグラデーションを、無垢銀の文字盤上に塗装で生み出す手法であり、中心部の明るい色味が外周へ向かって深まっていく独特の表情をもたらす。楽器の世界から塗装技法を移植するという発想は当時の高級時計では珍しく、ムーブメント側の「ハイ・アーティスティック・フィニッシュ」と対をなす、文字盤側の工芸的見せ場として機能した。
4本のリファレンスと本機の位置
プリマヴェーラは発表時、アイスブルーの本機MG-000976、バーガンディのMG-000980、シャンパンのMG-000978(以上ホワイトゴールド)、そしてローズゴールドケースにシャンパン文字盤のMG-001191という4本構成だった。ホワイトゴールド仕様の発表時定価は29,700ユーロである。機構面では基幹アトゥム(MG-000463、MG-000464、MG-000465)から変更はなく、プリマヴェーラは純粋な文字盤バリエーションにあたる。ただし、同じバーゼルワールド2017ではアトゥム デイトやアトゥム エナメルも同時に発表されており、単一の基幹機からプラットフォーム展開へと舵を切る、アトゥム拡張期の象徴として本機を読むことができる。後年のモリッツ・グロスマンが多彩なカラー文字盤を積極的に展開していくことを踏まえれば、その先駆けに位置づけられる1本でもある。
意匠分析
本機の設計は、基幹アトゥムの構造を一切変えずに、文字盤の色彩だけで別の時計に見せるという一点に集中している。3ピース構造の18Kホワイトゴールドケースは直径41.0mm、厚さ11.35mm。細いベゼルが文字盤を額縁のように囲い、先細りの面取りを施した湾曲ラグが輪郭を引き締める。リューズには周溝が切られ、引き出しやすさという実用に意匠を兼ねさせた。その直下に置かれた小さなプッシャーは、Cal.100.1固有のグロスマン巻上げ機構のためのものだ。リューズを引くと時刻合わせモードに入って秒針が停止し、押し込みではなくプッシャーの操作でムーブメントを再始動させる。時刻合わせ時の針ずれを防ぐ、このリファレンスの外観を特徴づける機構である。
文字盤は無垢銀の地板にアイスブルーのサンバースト塗装を重ねたもので、中心の淡い水色が外周へ向けて青みを深める。アラビア数字を廃し、面取りを磨いた無垢銀のアプライドインデックスのみを置く構成は、グラデーションの連続性を妨げない選択といえる。スモールセコンドは主文字盤より一段沈めて配置され、分針がミニットスケールの直上を低く掃けるよう設計されている。針は自社で手作りされるランス形のスチール針で、他のグロスマン機に見られる褐紫色の焼き戻し針ではなく、淡い青地とのコントラストを優先した磨き仕上げが選ばれた。厚手のドーム形サファイアクリスタルには精密研磨の面取りが施され、縁でミニットスケールがわずかに屈折して見える。シースルーバックからは、未処理ジャーマンシルバーの2/3プレートと手彫りのテンプ受けを持つCal.100.1が望める。
系譜と歴史
母体となるアトゥムファミリーは2013年、グラスヒュッテの新マニュファクチュール落成に合わせて発表された。プリマヴェーラはその4年後、2017年3月23日から30日にかけて開催されたバーゼルワールドでデビューする。この年のモリッツ・グロスマンはアトゥム デイト、アトゥム エナメル、アトゥム ピュアG/Lなどを一斉に投入しており、プリマヴェーラはアトゥム拡張路線の一翼として、アイスブルー(MG-000976)、バーガンディ(MG-000980)、シャンパン(MG-000978、MG-001191)の3色4仕様で登場した。市場への供給は2017年半ばから始まったと伝わる。発表時定価はホワイトゴールド仕様が29,700ユーロ、ローズゴールド仕様が28,400ユーロである。
その後、シャンパン文字盤の2仕様は公式ラインアップから姿を消し、2020年代の公式サイトにはアイスブルーの本機とバーガンディのMG-000980のみが掲載されている。また、ブランドは後年コレクション体系をベヌーとテフヌトの2ライン主体に再編しており、「アトゥム」のコレクション名は公式の製品分類から退いた。本機も現在は「プリマヴェーラ」の単独名で案内されているが、リファレンス番号と仕様は発表時から変わっていない。2026年現在も公式サイトに掲載が続く現行モデルであり、生産終了は告知されていない。