設計思想
鳴物時計の再発明という課題
オーデマ ピゲにとってミニッツリピーターは創業以来の本流である。1875年の創業当初から複雑懐中時計で名を上げ、1892年には世界初とされるミニッツリピーター腕時計用ムーブメントを製作したと伝わる。しかし20世紀末以降のリピーター復興期、各社の関心は装飾性や複雑化の競争に向かい、音そのもの――音量と音色――を科学的に問い直す試みは多くなかった。オーデマ ピゲはスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)と共同で約8年に及ぶとされる音響研究を行い、その成果を2015年にコンセプト機「ロイヤル オーク コンセプト RD#1」として公開。ゴングの製造法、響板構造、無音ガバナーという3件の特許に結実させた。
コンセプトから古典様式へ
2016年のSIHHでRD#1は市販版「ロイヤル オーク コンセプト スーパーソヌリ」(Ref. 26577TI)として製品化されたが、トゥールビヨンとクロノグラフを併載する前衛機だった。同じ年、音響機構だけを抽出し、時刻表示とスモールセコンドのみの純粋なリピーターとして仕立て直したのがジュール・オーデマ ミニッツリピーター スーパーソヌリである。初出は黒エナメル文字盤の26590PT.OO.D002CR.01。翌2017年のSIHHでスモークブルーエナメルの本機26590PT.OO.D028CR.01が加わり、同年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)にも出品された。共同創業者ジュール=ルイ・オーデマの名を冠するラインに最新の音響技術を載せる構図を、ブランド自身は「先駆者への賛辞」と位置づけている。
ジュール・オーデマの最終楽章
ジュール・オーデマはかつてグランドコンプリカシオンや、ミニッツリピーター・トゥールビヨン・クロノグラフ(Ref. 26050PT)など、ブランドの最複雑機を担ってきたラインである。その末期に登場した本機は、複雑化ではなく音響性能の純化という逆方向の到達点だった。2019年のSIHHで新ライン「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」が発表されると、ラウンド系のクラシックコレクションは整理され、ジュール・オーデマも程なくカタログから退場する。スーパーソヌリ機構自体は後継のCal.2953としてロイヤル オークなどのミニッツリピーターへ受け継がれており、本機は新旧をつないだ最後のジュール・オーデマ・リピーターとして記憶される。
意匠分析
プラチナでリピーターを鳴らすこと自体が、本機の設計思想を物語る。密度の高いプラチナは音を減衰させやすく、伝統的にはリピーターに不向きな素材とされてきた。スーパーソヌリはゴングを地板ではなく裏蓋内側の響板に固定し、発音体を外装素材から切り離すことでこの制約を外す。裏蓋は二重構造で、響板の外側に音を逃がす開口を備えたアウターバックが重なる。ケース素材を選ばないという機構上の自由を、あえて最も鳴りにくいプラチナで証明した格好である。
43mm径・13.15mm厚という、クラシックウォッチとしては大柄な寸法も装飾のためではなく、共鳴空間の確保に由来する。ベゼルは細く絞り込まれ、ケース径に対する文字盤の開口を最大化する。その文字盤はグラン・フー・エナメルのスモークブルーで、中心から外周へ向かって青が深まるグラデーションを描く。ローマ数字とインデックスは白エナメルで焼き付けられ、ホワイトゴールドのリーフ針が載る。打鍵機構では、チャイムの緩急を制御するガバナーに緩衝構造を持たせた無音ガバナーが採用され、作動音の混入を抑えている。
手巻きCal.2944は、リピーター系としては長い約72時間のパワーリザーブを確保する。20m防水という控えめな数値も、防水性を持たないことが珍しくなかったリピーターの世界では一つの主張に当たる。ストラップは「大型スクエアスケール」のブルーアリゲーターを手縫いで仕立て、プラチナ950製のAPフォールディングバックルで留める。兄弟機の黒エナメル仕様26590PT.OO.D002CR.01との違いは文字盤とストラップの色にあり、ケースと機構は共通である。
系譜と歴史
本機の前史は2015年に始まる。オーデマ ピゲはこの年、EPFLとの共同研究を反映したコンセプト機ロイヤル オーク コンセプト RD#1を公開し、特許出願中だったスーパーソヌリ機構を予告した。2016年1月のSIHHで同機構は市販化され、ロイヤル オーク コンセプト スーパーソヌリ(Ref. 26577TI)と並んで、クラシックライン初の搭載機となる黒エナメル文字盤のジュール・オーデマ ミニッツリピーター スーパーソヌリ26590PT.OO.D002CR.01が発表された。
スモークブルーエナメル文字盤の本機26590PT.OO.D028CR.01は、翌2017年1月のSIHHで第2のバリエーションとして登場した。同年秋にはGPHG 2017へ出品されている。限定本数は公表されておらず形式上は非限定だが、エナメル文字盤の焼成とリピーターの組立調整に要する工数から、生産は極めて少量にとどまったとみられる。
2019年1月のSIHHで新コレクションCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲが発表され、ローンチモデルにはミニッツリピーター スーパーソヌリが含まれた。これを境にジュール・オーデマのコレクションは段階的に整理され、本機も現行カタログから外れた。正確な生産終了時期は公表されていないが、実質的な展開期間は2017年から2019年前後までの短期にとどまったと推定される。スーパーソヌリの系譜はその後、2021年のロイヤル オーク ミニッツリピーター スーパーソヌリ(Ref. 26591TI)などへ続いている。