本文へ
← 腕時計史 · 第1章 起点とフォーマットの探索
腕時計史 · MILESTONE — 第1章 起点とフォーマットの探索
1895

精工舎 懐中時計タイムキーパー

掛時計の量産で力を蓄えた精工舎が、初めて挑んだ懐中時計。輸入頼みだった日本が、国産の携帯時計づくりへ向かう起点となった。

§ 00 Overview

1895年、精工舎は初の懐中時計タイムキーパーを発売した。服部金太郎が1881年に開いた服部時計店は、1892年に製造部門として精工舎を設け、まず製造の容易な掛時計から量産を始めていた。懐中時計は機構が複雑で部品点数も多く、精密な部品の多くを輸入に頼らざるを得ない難物であった。タイムキーパーはシリンダー脱進機を備えた素朴な構造で、精度では当時の欧米製に及ばなかった。それでも、掛時計で培った量産技術を携帯時計へ広げた意味は大きい。輸入時計一色だった市場に国産懐中時計の足場を築き、後のエンパイヤやローレルへ続く道を開いた。

§ 01 Background

日本の近代時計産業は、明治の改暦とともに動き出した。1872年、政府は不定時法から定時法へ移り、長く使われた和時計は役割を失う。一方、文明開化による時計需要は急増し、その多くは欧米からの輸入で満たされていた。国産の時計づくりが芽生えるのは1877年ごろで、東京・名古屋・大阪のわずかな業者が、輸入品を手本に小規模な製造を始めた段階にあった。

こうしたなか、1881年に服部金太郎が時計の輸入販売と修理を目的に服部時計店を創業する。販売で資本と知見を蓄えた服部は、1892年に東京で製造部門として精工舎を興し、時計づくりへ乗り出した。最初に選んだのは掛時計である。懐中時計より機構が単純で作りやすく、すでに国内他社が工場生産で採算に乗せていたため、輸入品より安く作れる勝算があった。

精工舎は機械の加工や組立にとどまらず、文字板や針、ケースなどの外装まで自社でまかなう一貫生産をとった。外注に頼る他社の分業に比べ、品質の管理と開発の速さで勝り、設立から数年で国内有数の掛時計工場へ成長する。掛時計で固めた量産の経験が、より精密な携帯時計へ挑む下地となった。

§ 02 The Event

精工舎が初の懐中時計タイムキーパーを世に出したのは、設立3年後の1895年である。掛時計の量産で技術と資本を固めたうえでの、携帯時計への進出だった。名称は計時器を意味する英語のTIME KEEPERにちなむ。

調速機構にはシリンダー脱進機を選んだ。当時すでに旧式で、やがてレバー脱進機に取って代わられる方式である。構造が単純で部品が少なく、組立も比較的やさしい。掛時計で培った技術で作れる部品は自社でまかない、難しい部品は輸入に回せた。後発で蓄積に乏しい精工舎にとって、まず確実に動く懐中時計を量産するための現実的な選択だった。その代わり摩擦が大きく、高い精度は望めない。最初期の個体は20型と呼ばれ、機械の直径はおよそ45ミリと大きく、鉄製のケースに収められた。

製造開始の正確な時期には諸説が残る。明治27年、28年、29年のいずれとする見方があり、研究者の間でも定まっていない。古い文献にある22型は実在せず誤りとされ、現在は20型を最初の量産機とみる説が有力である。本史では、精工舎自身が発売年として示す1895年を起点に置く。

懐中時計の事業化は容易ではなかった。懐中時計は機構が複雑で部品点数が多く、高度な技術と高価な設備を要する。とりわけ精密な部品の多くは輸入に頼らざるを得ず、原価が下がらないために長く黒字には乗らなかった。タイムキーパーも服部時計店のカタログに安価な普及品として並んだが、事業としての採算は遠かった。それでも、輸入時計が席巻する市場へ国産の懐中時計を送り出した経験は、後の改良の足がかりとなった。

§ 03 Significance

タイムキーパーの値打ちは、製品の完成度よりも、それが開いた技術の道筋にある。掛時計で培った量産の知見を、より精密な携帯時計づくりへ移したことに意味があった。

採算を阻んだ壁は、精密部品を輸入に頼る構造にあった。精工舎はこれを設備の自製で越えていく。1899年、服部金太郎は欧米の工場を視察し、蒸気機関や工作機械を導入して量産体制を整えた。1908年には自社開発のピニオン自動旋盤で、懐中時計の難所だったカナ加工の生産性を大きく高める。それまで輸入に頼った精密部品の内製が進み、原価と品質の両面で国産化が前進した。その成果が翌1909年の大衆向け懐中時計エンパイヤであり、長く生産されて国内市場をスイス製と二分するまでになった。タイムキーパーに始まる試みは、こうして国産懐中時計の確立へと実を結ぶ。

この技術の蓄積は、携帯時計のさらなる小型化を支えた。1913年、精工舎は国産初とされる腕時計ローレルを発売する。懐中時計で磨いた微細加工と設計の技術なくして、より小さな腕時計への移行はなかった。日本の時計産業は、輸入の模倣から始まり、設備の自製と量産技術の確立を経て自立へ向かう。タイムキーパーは、その長い道のりの最初に位置する。

← 年表へ戻る