系譜と歴史
1. ETAへの依存からの転換
チューダーは1926年、ロレックスの創業者ハンス・ウイルスドルフによって設立された。ロレックスより手の届きやすい実用時計という位置づけを長く保ち、ムーブメントはETAをはじめとする外部供給品に依拠してきた。その構図が変わるのは2010年である。同社は機械式ムーブメントの自社生産能力を築く大規模なプロジェクトを始動させた。背景には、業界全体でETA(スウォッチグループ傘下)による外部供給縮小が見込まれ、供給リスクを抱える各社が自立を迫られていた事情がある。チューダーにとって自社製化は、技術的独立と垂直統合への一歩であった。
2. 2015年、二つの顔をもつ初世代
成果が公になったのは2015年のバーゼルワールドである。初の自社製キャリバーは二つの仕様で発表された。パワーリザーブ表示と日付を備えるMT5621はノースフラッグに、日付のみを備えるMT5612はペラゴスに搭載された。両者は同一の設計思想を共有し、MT5612はMT5621からパワーリザーブ表示を省いた姉妹機にあたる。いずれもチューダーとして史上初めてCOSC認定を受けた点が画期であった。約70時間のパワーリザーブは「金曜の夜に外し、月曜の朝に巻き直さず使える」実用性を狙ったもので、第2世代ペラゴス(Ref.25600TN)では先代のETA Cal.2824-2に代わってMT5612が収まった。同年、ペラゴスはジュネーブ時計グランプリ(GPHG)のスポーツウォッチ賞を受けている。
3. 製造を担うKenissi
翌2016年、チューダーはムーブメントの開発と生産を担う組織としてKenissiを設立した。社名はギリシャ語で運動を意味する「kinesis」に由来する。このため自社製キャリバーは厳密には「自社(in-house)」ではなく「マニュファクチュール」と呼び分けられる。製造主体はKenissiだがチューダーがKenissiの株式を保有する関係にある。Kenissiの技術基盤はロレックスグループの蓄積を反映し、フリースプラングの慣性可変テンプ、両持ちのテンプ受け、シリコン製ヒゲゼンマイといった設計を共有する。拠点はロレックス所有地にも近いル・ロックルに置かれ、後にブライトリングやシャネル(2018年に資本参加、J12用Cal.12.1を供給)、ノルケイン、タグ・ホイヤー、フォルティスなど外部ブランドへも展開していった。
4. MT56ファミリーのなかで
MT5612は、Kenissiが手がける大型のMT56系ファミリーに属し、日付機能を備える基準機である。近縁には、日付を省き石数を一つ減らしたMT5602(ブラックベイ)、ブロンズモデル向けのMT5601、GMT機構を加えたMT5652、コラムホイールと垂直クラッチを採るクロノグラフMT5813などが連なる。左リューズのペラゴスLHDには、MT5612に手を加えた仕様が搭載された。装飾よりも堅牢性と信頼性を優先する姿勢は、2010年代に各ブランドが自社製化へ向かった潮流のなかでも、道具としての時計を志向するチューダーらしい選択といえる。