系譜と歴史
1. 創業5周年に挑んだ初の複雑機構
モリッツ・グロスマンは、2008年にクリスティーネ・フッターが歴史的ブランド名を再興したグラスヒュッテのマニュファクチュールである。キャリバー 103.0 は、創業5周年にあたる2013年、同社初の複雑機構として世に出た。設計の精神的支柱となったのは、グラスヒュッテの時計師アルフレート・ヘルヴィッヒである。ヘルヴィッヒは1920年にフライング・トゥールビヨンを考案し、地元のドイツ時計学校で後進を育てた人物として知られる。彼の著書『Drehganguhren』は、2013年の開発に際しても指針となった。
2. 3分周期という選択
一般的なトゥールビヨンは、ケージが1分で1回転する。これに対し103.0は、3分で1回転する。周期を延ばす狙いは、回転系の運動エネルギーを抑え、脱進機にかかる負荷を軽減することにある。ゆっくりと巡る直径16mmの大型ケージは、6時位置の開口部から全体を見渡せるよう設計された。ケージ上部のV字形のテンプ受けは2本の支柱のみで構成され、内部の機構を遮らない。この意匠には意匠登録が出願された。優劣ではなく、見せることと効率を両立させるための選択である。
3. 検証可能性への執着
開発では、精度・効率・美観という三つの目標が掲げられた。象徴的なのがストップセコンドである。グロスマンの時計師は、トゥールビヨンにも秒を止める機構が要ると考えた。テンプのリムに人毛のブラシをそっと触れさせ、ケージの支柱を妨げずに振動を止める解を採った。これにより正確な時刻合わせが可能となる。文字盤はレギュレーター式で、トゥールビヨンの開口部が25分から35分の目盛りを覆うため、分針の反対側の延長で別の目盛りを掃く工夫を加えた。これらの解にはいずれも特許が出願されている。
4. 派生と展開
103.0を最初に搭載したのは、2013年のBENUトゥールビヨンである。当初はホワイトゴールドに銀色文字盤の50本限定で、後に黒文字盤やローズゴールド、Skylifeなどの仕様が続いた。2024年には手作業のトレンブラージュ装飾を施したトレンブラージュ版、2025年にはチタンケースのモデルが加わった。ケースや文字盤は変奏を重ねたが、心臓部は一貫して103.0である。3分周期のフライング・トゥールビヨンは、グラスヒュッテの伝統に独自の解釈を重ねた稀少な構成として、同ブランドの頂点に置かれている。