103.0
2013年に登場した、グロスマン初の自社製フライング・トゥールビヨン。3分で1回転する大型ケージを擁する手巻機である
キャリバー 103.0 は、グラスヒュッテのモリッツ・グロスマンが2013年に発表した自社製手巻きキャリバーである。同社初の複雑機構であり、6時位置に直径16mmの大型ケージを据えたフライング3分トゥールビヨンを中核とする。部品点数は245、石数は30石、うち4石を金無垢シャトンに収める。振動数は18,000vph (2.5Hz)、パワーリザーブは72時間、調整は5姿勢で行う。V字形のテンプ受けや人毛を用いたストップセコンドなど独自の解を備え、BENUトゥールビヨンやそのトレンブラージュ版、チタンモデルに搭載される。
| Maker | Moritz Grossmann |
|---|---|
| Reference | 103.0 |
| Type | Handwound |
| Display | Analog |
| Frequency | 18,000 bph (2.5 Hz) |
| Jewels | 30 石 |
| Power reserve | 72 h |
| Movement ⌀ | 38.4 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Small Seconds |
| Additional | Tourbillon Escapement |
系譜と歴史
1. 創業5周年に挑んだ初の複雑機構
モリッツ・グロスマンは、2008年にクリスティーネ・フッターが歴史的ブランド名を再興したグラスヒュッテのマニュファクチュールである。キャリバー 103.0 は、創業5周年にあたる2013年、同社初の複雑機構として世に出た。設計の精神的支柱となったのは、グラスヒュッテの時計師アルフレッド・ヘルヴィッヒである。ヘルヴィッヒは1920年にフライング・トゥールビヨンを考案し、地元のドイツ時計学校で後進を育てた人物として知られる。彼の著書『Drehganguhren』は、2013年の開発に際しても指針となった。
2. 3分周期という選択
一般的なトゥールビヨンは、ケージが1分で1回転する。これに対し103.0は、3分で1回転する。周期を延ばす狙いは、回転系の運動エネルギーを抑え、脱進機にかかる負荷を軽減することにある。ゆっくりと巡る直径16mmの大型ケージは、6時位置の開口部から全体を見渡せるよう設計された。ケージ上部のV字形のテンプ受けは2本の支柱のみで構成され、内部の機構を遮らない。この意匠には意匠登録が出願された。優劣ではなく、見せることと効率を両立させるための選択である。
3. 検証可能性への執着
開発では、精度・効率・美観という三つの目標が掲げられた。象徴的なのがストップセコンドである。グロスマンの時計師は、トゥールビヨンにも秒を止める機構が要ると考えた。テンプのリムに人毛のブラシをそっと触れさせ、ケージの支柱を妨げずに振動を止める解を採った。これにより正確な時刻合わせが可能となる。文字盤はレギュレーター式で、トゥールビヨンの開口部が25分から35分の目盛りを覆うため、分針の反対側の延長で別の目盛りを掃く工夫を加えた。これらの解にはいずれも特許が出願されている。
4. 派生と展開
103.0を最初に搭載したのは、2013年のBENUトゥールビヨンである。当初はホワイトゴールドに銀色文字盤の50本限定で、後に黒文字盤やローズゴールド、Skylifeなどの仕様が続いた。2024年には手作業のトレンブラージュ装飾を施したトレンブラージュ版、2025年にはチタンケースのモデルが加わった。ケースや文字盤は変奏を重ねたが、心臓部は一貫して103.0である。3分周期のフライング・トゥールビヨンは、グラスヒュッテの伝統に独自の解釈を重ねた稀少な構成として、同ブランドの頂点に置かれている。
技術解説
トゥールビヨン・ケージとテンプ
103.0の中核は、直径16mmのフライング3分トゥールビヨンである。ケージは片持ちのドイツ銀製受けに吊られ、文字盤側から見て反時計回りに3分で1回転する。上部のV字形のテンプ受けは支柱を2本に絞り、ストップセコンド機構を組み込む余地を確保した。テンプ(振動を司る天秤)はベリリウム銅製で直径14.2mm、4個の慣性ねじと2個の調整ねじを備える。ヒゲゼンマイ(ヒゲ)はニヴァロックス1で、ゲルステンベルガーの幾何に基づくNo.80の終端カーブを持ち、テンプの下に吊られる。振動数は18,000vph (2.5Hz)で、毎秒2.5往復の比較的ゆるやかな歩度を刻む。低めの振動数は、大径のテンプと長周期のケージに無理なく釣り合う設定である。
脱進機とストップセコンド
脱進機(ゼンマイの力を一定間隔で逃がす機構)には、非対称アームのレバー式を採る。アンクル(爪石を持つレバー)は2部構成で、薄いフォークとサファイア爪石を持つ本体に分かれる。フォーク先端の振れは銀止めピンで制限され、レバーの質量配分と釣り合いを高めている。ストップセコンドは、テンプのリム外周に人毛のブラシを触れさせて穏やかに静止させる方式で、金属同士の干渉を避けながら確実に秒を止める。
香箱・輪列・グアヤク材のブレーキ
香箱(ゼンマイを収める円筒)の軸は両側を石で支える両持ち軸受とし、ラチェット車に金無垢シャトンを添えて安定を図る。改良型のグラスヒュッテ式コハゼは遊びを持ち、巻き上げ後にラチェット車をわずかに戻してゼンマイの張力を緩める。輪列(歯車列)の車には酸化に強い銅ニッケル亜鉛合金ARCAPを用いる。秒は輪列の主流から切り離されて間接的に駆動されるため、針の遊びを抑える必要がある。そこで第4輪の軸に、非常に硬く油分を含むグアヤク材(lignum vitae)のブレーキリングを設けた。これは18世紀にジョン・ハリソンが海洋時計に用いた知見に着想を得た、保守を要さない解とされる。
表示・仕上げ・操作系
文字盤はレギュレーター式で、中央に掃き分秒、3時に時、9時に秒を配する。プレートは無処理のドイツ銀で、幅広のグラスヒュッテ模様とラチェット車の3列スネイリングが施される。白サファイアの軸受石は、台座から浮く金無垢シャトンに収められ、個別に着脱できる。2/3プレートとトゥールビヨン受けの彫りはすべて手作業による。操作系はグロスマン式で、リューズで巻き上げと時刻合わせを行い、プッシャーで時刻合わせを解いて運針を始動させる。ムーブメントの寸法は直径38.4mm、厚さ7.1mm、調整は5姿勢で行われる。