系譜と歴史
再興されたマニュファクチュールの礎
H. モーザーは、1828年にハインリヒ・モーザーがサンクトペテルブルクで創業した歴史を持つ。ロシア革命を経て一度は途絶えたこの名は、2002年にユルゲン・ランゲと創業者の曾孫ロジャー・ニコラス・バルジガーの手で復興され、2005年、創業者生誕200年にあわせて3本の時計とともに再出発した。再興期のモーザーが掲げたのは、構成部品を可能な限り自社で賄う垂直統合の思想である。最初の自社製手巻キャリバーHMC 321は、ガンギ車とアンクルを金で仕上げ、独自の歯形を全輪列に採用するなど、後年の基幹群へ受け継がれる設計言語を確立した。HMC 343は、この手巻アーキテクチャーを源流に持つ。
ダブルバレルが生む7日間
HMC 321が単一の香箱でおよそ3日間の駆動を担ったのに対し、HMC 343は香箱を2個に増やすことで、最低7日間(168時間)へとパワーリザーブを拡張した。秒針も外周のスモールセコンドから文字盤中央のセンターセコンドへ移され、三針の構成にまとめられている。このキャリバーを象徴するのが、2015年に登場したエンデバー・センターセコンズ・コンセプトである。インデックスもロゴも持たないフュメ文字盤は、機構と仕上げそのものを主役に据えるモーザーの美学を端的に示した。なお同名のエンデバー・センターセコンズには、後年に異なる自動巻キャリバーHMC 200を搭載する派生も加わっており、HMC 343はあくまで手巻の系譜に属する。
垂直統合と独立性の象徴
モーザーの技術的独立を支えるのが、姉妹会社プレシジョン・エンジニアリング社(Precision Engineering AG)である。同社は調速機やヒゲゼンマイを内製し、2007年に発表されたシュトラウマン・ヒゲゼンマイもここから生まれた。これは1931年にラインハルト・シュトラウマンが考案したニヴァロックス系合金を起点とする独自素材で、HMC 343にもブレゲ巻き上げのヒゲとして組み込まれる。2012年にメイラン家のMELBホールディングが両社を傘下に収め、ヒゲゼンマイから脱進機までを手がける数少ない統合型マニュファクチュールが確立された。脱進機をモジュール化する設計は、整備のたびにムーブメント全体を分解せずに済む合理性を備え、独立系ブランドとしての一貫した姿勢を体現している。