HMC 343
1828年創業の名門を再興したモーザーの手巻基幹。2個の香箱で7日間を駆動し、交換式脱進機を擁する自社製キャリバー
HMC 343は、シャフハウゼンのH. モーザー(H. Moser & Cie)が手がける自社製の手巻キャリバーである。直径34.0mm、毎時18,000振動(2.5Hz)で時を刻み、2個の香箱によるダブルバレル構造で最低7日間(168時間)のパワーリザーブを確保する。脱進機を独立モジュール化した交換式脱進機、姉妹会社が内製するシュトラウマン・ヒゲゼンマイ、金製のアンクルとガンギ車を備える。エンデバー・センターセコンズおよびそのコンセプト版を主な搭載先とし、石数は26石である。
| Maker | H. Moser & Cie |
|---|---|
| Reference | HMC 343 |
| Type | Handwound |
| Display | Analog |
| Frequency | 18,000 bph (2.5 Hz) |
| Jewels | 26 石 |
| Power reserve | 168 h |
| Movement ⌀ | 34 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Seconds |
| Additional | Power Reserve Indicator |
系譜と歴史
再興されたマニュファクチュールの礎
H. モーザーは、1828年にハインリヒ・モーザーがサンクトペテルブルクで創業した歴史を持つ。ロシア革命を経て一度は途絶えたこの名は、2002年にユルゲン・ランゲと創業者の曾孫ロジャー・ニコラス・バルジガーの手で復興され、2005年、創業者生誕200年にあわせて3本の時計とともに再出発した。再興期のモーザーが掲げたのは、構成部品を可能な限り自社で賄う垂直統合の思想である。最初の自社製手巻キャリバーHMC 321は、ガンギ車とアンクルを金で仕上げ、独自の歯形を全輪列に採用するなど、後年の基幹群へ受け継がれる設計言語を確立した。HMC 343は、この手巻アーキテクチャーを源流に持つ。
ダブルバレルが生む7日間
HMC 321が単一の香箱でおよそ3日間の駆動を担ったのに対し、HMC 343は香箱を2個に増やすことで、最低7日間(168時間)へとパワーリザーブを拡張した。秒針も外周のスモールセコンズから文字盤中央のセンターセコンズへ移され、三針の構成にまとめられている。このキャリバーを象徴するのが、2015年に登場したエンデバー・センターセコンズ・コンセプトである。インデックスもロゴも持たないフュメ文字盤は、機構と仕上げそのものを主役に据えるモーザーの美学を端的に示した。なお同名のエンデバー・センターセコンズには、後年に異なる自動巻キャリバーHMC 200を搭載する派生も加わっており、HMC 343はあくまで手巻の系譜に属する。
垂直統合と独立性の象徴
モーザーの技術的独立を支えるのが、姉妹会社プレシジョン・エンジニアリング社(Precision Engineering AG)である。同社は調速機やヒゲゼンマイを内製し、2007年に発表されたシュトラウマン・ヒゲゼンマイもここから生まれた。これは1931年にラインハルト・シュトラウマンが考案したニヴァロックス系合金を起点とする独自素材で、HMC 343にもブレゲ巻き上げのヒゲとして組み込まれる。2012年にメイラン家のMELBホールディングが両社を傘下に収め、ヒゲゼンマイから脱進機までを手がける数少ない統合型マニュファクチュールが確立された。脱進機をモジュール化する設計は、整備のたびにムーブメント全体を分解せずに済む合理性を備え、独立系ブランドとしての一貫した姿勢を体現している。
技術解説
寸法と振動数
HMC 343は直径34.0mm、厚さ5.8mmの手巻ムーブメントである。調速を担うテンプ(往復運動する車)は、毎時18,000振動(2.5Hz)で時を刻む。現代の量産キャリバーが多く採る28,800振動(4Hz)と比べて緩やかなこの低振動は、輪列への負荷を抑え、長時間駆動と古典的な運針の表情を両立させる設計に基づく。秒針はハッキング機構を備え、リューズを引くとテンプが停止して、秒単位の時刻合わせを可能にする。
ダブルバレルとモーザー歯形
最低7日間(168時間)という長いパワーリザーブは、ぜんまいを収める香箱を2個備えたダブルバレル構造から生み出される。香箱には金製のシャトン(受けを保持する筒状部品)がビス留めで備わる。さらに全輪列の歯車とカナには、モーザー独自の歯形が採用される。歯のかみ合いを最適化することで動力伝達のロスを抑え、限られたぜんまいトルクを効率よく運針へと変換する狙いである。低い振動数と相まって、ぜんまい1巻きあたりの駆動時間を延ばすことに寄与する。パワーリザーブ表示は文字盤側ではなくムーブメント側に置かれ、表の意匠を静かに保つ役割を担う。
交換式脱進機とヒゲゼンマイ
HMC 343を特徴づけるのが、モーザーが各キャリバーへ展開する交換式脱進機である。テンプ、ヒゲゼンマイ、アンクル、ガンギ車という脱進機(ぜんまいの動力を一定間隔で解き放つ機構)一式を、独立したモジュールとして組み上げ、調整と検査を終えてからムーブメント本体へ装着する。このモジュール方式により、調速機は本体とは切り離して時間をかけた追い込みと試験運転にかけられる。整備時にはモジュールごと交換でき、ムーブメント全体を分解せずに済む利点もある。アンクルとガンギ車は金で仕上げられる。調速の心臓部であるヒゲゼンマイには、姉妹会社プレシジョン・エンジニアリング社が内製するシュトラウマン・ヒゲゼンマイを用いる。温度変化に強い独自合金に、末端を持ち上げるブレゲ巻き上げ(オーバーコイル)を与えることで、姿勢差による誤差を抑え、等時性を高めている。
仕上げと検査
ムーブメントには、交互の幅で刻まれるモーザー・ダブルストライプ、面取り、ペルラージュといった手仕上げが施される。石数は26石。外部機関のクロノメーター認定を求めない一方で、モジュール化された脱進機は本体への装着前に単体で調速を追い込まれ、組み込み後にも入念な検査を経るとされる。部品の製造から調整、仕上げまでを自社の工房で完結させる垂直統合の姿勢が、各所に表れた構成である。