HMC 200
2017年登場、自社製シュトラウマン・ヒゲゼンマイを核とする、H. モーザーの基幹自動巻キャリバー
HMC 200は、H. モーザー(H. Moser & Cie.)が2017年に投入した自社製自動巻キャリバーである。毎時21,600振動 (3Hz)、パワーリザーブ72時間、27石を擁し、双方向の爪式自動巻機構と中央秒針・ハック機構を備える。心臓部には、姉妹会社プレシジョン・エンジニアリングが手がけるシュトラウマン・ヒゲゼンマイを採用し、調速機構はモジュール式として保守性に配慮する。Pioneer Centre Seconds、Endeavour Centre Seconds、Streamliner Centre Secondsなど、ブランドの三針自動巻モデルの中核を担う。
| Maker | H. Moser & Cie |
|---|---|
| Reference | HMC 200 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 21,600 bph (3 Hz) |
| Jewels | 27 石 |
| Power reserve | 72 h |
| Movement ⌀ | 30 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Seconds |
系譜と歴史
ワークホースとしての登場
H. モーザー(H. Moser & Cie.)は、シャフハウゼン近郊ノイハウゼンを拠点とする独立系マニュファクチュールである。手巻の高級キャリバーや、2015年の貴金属製パイオニア向けHMC 230で知られた同社は、2017年に一つの転換を迎える。スティールケースをパイオニアに導入し、価格帯を従来の半分近くまで引き下げたのである。同年のエンデバー・センターセコンズ・オートマティックと並び、この刷新の動力源として投入されたのがHMC 200であった。装飾を抑えた実用本位の自動巻として、ブランドの三針モデルを広く担う基幹機となる。時・分・秒のみという潔い表示は、余計を削ぎ落とすモーザーの設計思想とも響き合う。
自社一貫という思想
HMC 200を理解する鍵は、モーザーの垂直統合にある。姉妹会社プレシジョン・エンジニアリング(PEAG)は、2001年にトーマス・シュトラウマンが設立した調速部品の専業メーカーで、ヒゲゼンマイを自製できる世界でも数少ない一社である。社名の由来は、1931年にニヴァロックス合金を特許化したラインハルト・シュトラウマンに遡る。PEAGはモーザーのみならず、独立系の複数ブランドへヒゲゼンマイを供給してきた。基幹キャリバーであるHMC 200にも、この自社製ヒゲゼンマイが据えられる点に、同社の姿勢が表れている。一方で、二重ヒゲゼンマイや円筒ヒゲといった上位機構は別系統の高級キャリバーに譲り、HMC 200はあくまで堅実な実用機として位置づけられる。
派生とグループ内での展開
HMC 200は単独の存在ではない。先行する2015年のHMC 230は、直径30.0mm・厚さ4.7mmとより薄く、エネルギー伝達を直接化する機構を備えた貴金属モデル向けの姉妹キャリバーである。2024年には、ブリッジを透かし彫りとし、ローターを透明化したHMC 201が登場し、機構を見せる方向へと展開した。さらに、グループの姉妹ブランドであるオートランス(Hautlence)のキャリバーA82は、HMC 200を土台に表示機構を再配置したものと伝わる。一基の実用キャリバーが、グループ全体の設計基盤として機能している。本機はまた、ブランド初の本格スポーツライン「ストリームライナー」のセンターセコンズにも据えられ、装飾性より堅牢さと汎用性が求められる領域でも中核を担ってきた。
技術解説
HMC 200は、直径32.0mm (14 1/4型)、厚さ5.5mm、27石の自動巻キャリバーである。毎時21,600振動 (3Hz)、すなわちテンプ(調速の振り子に相当する回転振動体)が1秒間に3往復する歩度で時を刻む。現代の高振動キャリバーが毎時28,800振動 (4Hz) を主流とするなか、3Hzに留めた設計は、テンプの慣性を活かした安定志向と読める。
自社製シュトラウマン・ヒゲゼンマイ
本機の核は、姉妹会社プレシジョン・エンジニアリング(PEAG)が製造するシュトラウマン・ヒゲゼンマイである。ヒゲゼンマイとは、テンプの往復に一定の周期を与える渦巻状のばねを指す。HMC 200はこのヒゲに、終端を立体的に持ち上げたフラット・オーバーコイル(端部の巻き上げ)を組み合わせ、ヒゲの伸縮を同心円状に整える。ヒゲゼンマイを自前で賄えるメーカーは世界でも限られ、この一点が本機の素性を規定する。
フリースプラングのテンプ
テンプは緩急針(レギュレーター)を持たないフリースプラング方式を採る。歩度の調整は、テンプ輪の内側に配したC字型のマスロット(調整用の小錘)を回して行う。緩急針を排すことで、ヒゲの有効長が衝撃でずれにくく、姿勢差にも強い。テンプ受けは口髭を思わせるV字形状で、2点で固定される。片持ちの一般的な受けに比べ、テンプ軸の支持が安定する。
モジュール式脱進機
脱進機(香箱の力を一定量ずつテンプへ送り、暴走を防ぐ機構)は、調速機全体を一つの組立体として着脱できるモジュール構造を持つ。2本のねじを緩めるだけで、テンプ・ヒゲ・アンクル・ガンギ車を一括で交換・調整できる。組立体は本体への装着前に単独で調整されるため、整備時の作業を短縮する。香箱を抜く際に輪列を固定する安全機構も組み込まれている。
自動巻とローター
巻き上げは双方向の爪式自動巻による。ローターの回転を爪(ポール)が一方向の駆動へ変換し、左右どちらの回転からも香箱を巻き上げる。これにより満巻までの時間が短く、72時間(3日)のパワーリザーブを支える。ローターは透かし彫りを施した無垢の貴金属製で、外周の段差(トロットワール)を円目仕上げとし、ローター径を保ちながら全体の厚みを抑える。
仕上げ
仕上げは、幅広と細幅を交互に走らせたモーザー独自の「Moserストライプ」(コートドジュネーブの変奏)をブリッジに刻む。地板にはペルラージュ、稜線には面取り(アングラージュ)を施す。中央秒針とハック機構(竜頭を引くと秒針が止まる)を備え、秒単位での時刻合わせを可能とする。フリースプラングのテンプと自社製ヒゲゼンマイ、そして整備性を見据えたモジュール式脱進機。HMC 200の精度の根拠は、突出した一機構ではなく、これら要素の組み合わせと、それを内製で支える体制に置かれている。