設計思想
1. 実用の外側に置かれた機構
2017年のロレックスにとって、複雑機構は実用と結びつくものであった。第2時間帯を示すGMTマスター、年次カレンダーを載せたスカイドゥエラー。いずれも旅や仕事の場面で役立つ機能である。2014年に円形39mmへ再編された現代チェリーニも、デイトとデュアルタイムという実用的な機能で展開してきた。
月齢表示は、その系列に収まらない。日々の暮らしで月の満ち欠けを確かめる場面は限られる。発表時の専門誌の多くも、実用より情緒に訴える機構としてこれを受け止めた。
ロレックスはこの機構を、防水のオイスターケースを持たないチェリーニの枠内で世に出した。貴金属のドレスウォッチという立ち位置が、実用から離れた試みを許したと読める。発表時、同社は本機をデザイナーが芸術的な表現に取り組める稀な機会と語ったと伝わる。用意されたのはエバーローズゴールドと白文字盤の1仕様のみで、市場の反応を慎重に見極める構えもうかがえた。
2. 1950年代の表示を引き継ぐ
50535の文字盤構成には、明確な先例がある。1940年代末から1950年代初頭に作られたRef. 8171とRef. 6062である。いずれも外周の目盛で日付を示し、6時位置に月齢表示を置いたトリプルカレンダーであった。
50535はこの配置を受け継ぎつつ、12時位置にあった曜日と月の窓を省いた。残したのは外周の日付と6時位置の月だけである。往時の表示をなぞる復刻ではなく、ドレスウォッチの簡潔さへ整理した再解釈と見るのが妥当だろう。
一方で、月の見せ方は先例と異なる。8171が半円形の窓越しに月を見せたのに対し、50535は満月と新月を載せた円盤の全体を開口に見せる。表示の骨格は1950年代に倣い、機構と見せ方は新たに設計された。
3. 前任を持たないRef
50535には、直接の前任Refが存在しない。ケースは2014年以来のチェリーニと共通の39mmだが、月齢表示を持つ現代ロレックスはこれが初めてであった。
2022年にタイム、デイト、デュアルタイムが生産を終えると、チェリーニの系譜は50535ひとつに託された。系列で最も遅く加わったRefが、系列の最後を担ったことになる。それは同時に、ロレックスの現行カタログで唯一月齢表示を備える時計でもあった。
4. 生産終了と、その先
2023年のパーペチュアル1908の登場とともに、50535は生産を終えた。1908は時分と小秒のみの構成で、月齢表示は引き継がれなかった。
表示の語彙が再び現れたのは、2026年9月15日のことである。この日ミラノで、パーペチュアル パデローネ(Ref. 53505、Ref. 53506)が発表された。年次カレンダーに月齢表示を加えた新作で、名は8171の通称に由来する。6時位置の青いエナメル円盤は満月と新月を同じ面に載せ、太陰月ごとに1回転する。日付は外周を指す先端三日月の青い針で示され、月はいずれも隕石で作られる。
円盤全体を見せる月齢表示、隕石の月、三日月の日付針。いずれも現代ロレックスでは50535が先に示していた要素である。公式資料はパデローネの由来を8171に求めるが、50535の精神的な後継と見る向きもある。1950年代とパデローネとを結ぶ中継点に、この6年間の一本が位置している。
意匠分析
50535の文字盤は、4本の中央針と6時位置の開口で構成される。時分針は面取りを施した両刃の剣形で、エバーローズゴールド製である。秒針も同じ金で作られる。4本目の日付針だけが青く、先端は三日月をかたどる。ロレックスが通常用いる3時位置の日付窓とサイクロップレンズは採られていない。
日付を外周で読ませるため、目盛の配置は組み替えられている。ミニッツトラックは内側へ寄せられ、アプライドの時インデックスを分断するように走る。最外周は1から31の日付目盛に充てられた。時・分・日付の目盛が同心円上で重ならず、各針が指す層は明確に分かれる。
文字盤は白のラッカー仕上げである。現代チェリーニの他モデルには「ラヨン・フラメ・ドゥ・ラ・グロワール」と呼ばれるギヨシェ彫りも用意された。本機では無地のラッカーのみが用いられた。大きな開口と青い円盤を際立たせるための選択と読める。
6時位置の月齢表示は、一般的な方式と構造が異なる。多くのムーンフェイズは、59歯の円盤を半円形の窓越しに見せる。50535は満月と新月を1枚の円盤に載せ、その全体を開口に見せる。満月は隕石のアプリケ、新月はシルバーのリングで表される。月齢は、開口の12時位置にある金の三角インデックスで読む。円盤は時計回りに進み、満月から下弦、新月、上弦へと位置を変える。開口は2本の金のリングで縁取られ、円盤の青はエナメルで表現される。
ケースは他のチェリーニと共通の39mm径だが、月齢機構を収める分、時刻表示のみのタイムよりわずかに厚いとされる。ケースの8時位置には、月齢を修正するための埋め込み式プッシャーがある。操作には付属の専用ピンを用いる。
ストラップはブラウンのアリゲーターで、18Kエバーローズゴールドのフォールディング・クラウンクラスプを備える。現代チェリーニの他モデルが金のピンバックルを用いたのに対し、この留め具はチェリーニとして初の採用と公式に記される。
ムーブメントは自社製自動巻のCal.3195である。3100系を基礎とするとされ、磁気や温度変化に強い青いパラクロムヒゲゼンマイと、パラフレックス耐衝撃装置を備える。振動数は毎時28,800振動 (4Hz)。特許を取得した月齢機構は、122年間は修正不要の精度を持つと公称される。一般的な59歯式は約2年半で1日ずれるとされ、その差は大きい。
系譜と歴史
Ref. 50535は、2017年3月のバーゼルワールドで発表された。2014年に円形39mmへ刷新された現代チェリーニにとって、タイム、デイト、デュアルタイムに続く4番目の機能である。発表時に用意されたのは、18Kエバーローズゴールドのケースに白ラッカー文字盤を組み合わせた1仕様のみであった。50535-0002は、この構成を示す枝番である。
店頭への供給は同年秋に始まったとされる。発売時期を9月とする専門誌と、10月とする資料がある。
発表時の公式資料は、本機を2015年に再定義された高精度クロノメーター(Superlative Chronometer)の対象とした。月齢機構についても、特許取得済みと説明している。
生産期間を通じて、仕様の変更は確認されていない。先行するデイトとデュアルタイムは2016年に青やブラウンの文字盤を加えた。一方50535に、ホワイトゴールドケースや別色文字盤の兄弟Refが加わった形跡はない。本機はエバーローズと白の一構成のまま、生産期間を終えることになる。
2022年、ロレックスはチェリーニ・タイム、デイト、デュアルタイムの生産を終了した。これにより50535は、チェリーニの名を持つ唯一の現行モデルとなった。
2023年3月、ジュネーブでWatches and Wonders 2023が開かれた。ロレックスはここで、新たなドレスウォッチ系列パーペチュアル1908を発表した。同時に50535も生産を終え、チェリーニの名はカタログから外れた。発表から約6年の生産期間である。以後ロレックスの現行品から月齢表示は姿を消し、再び現れるのは2026年9月のことであった。
出典
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