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腕時計史 · MILESTONE — 第7章 現代
2022-

市場の調整局面

時計を資産として買う熱狂が冷め、価格は実需に見合う水準へ向かった。2022年以降の調整は、ハイプの臨界を可視化した。

§ 00 Overview

2020年から2022年にかけて、人気モデルの二次市場価格は定価の数倍まで高騰した。低金利と給付金、暗号資産や株式の含み益が余剰資金を生み、時計が投機の対象となった結果である。だが2022年春に価格は頂点を打ち、その後下落へ転じた。中央銀行の利上げと暗号資産の急落で資金の流れが反転し、いったん市場へ流入を控えていた個体が放出された。二次市場の総合指数は頂点から3割前後下げたとされ、投機の対象となったモデルほど下げが目立つ。一方でブルーチップは高い水準を保ち、市場は実需中心の姿へ戻っていく。

§ 01 Background

2020年代初頭、腕時計の二次市場は異例の過熱に包まれていた。コロナ禍で消費の機会を失った資金が行き場を求め、暗号資産や株式の含み益、各国の給付金が流入した。低金利は手元資金を遊ばせる動機を弱め、利回りを生まない実物資産にも買いが向かった。こうした条件のもとで、一部の人気モデルは定価を大きく上回る価格で取引され、時計は投資の対象として語られるようになった。

とりわけ需要が集中したのが、ロレックスのデイトナ、パテック フィリップのノーチラス、オーデマ ピゲのロイヤルオークといった鋼製スポーツモデルである。供給が絞られた人気機種ほどプレミアムは膨らみ、定価では事実上入手できない状態が常態化した。オンライン取引の普及も売買を加速させ、転売を前提に時計を買う層が市場に厚みを加えた。

しかし、この高騰を支えていたのは時計そのものへの需要だけではなかった。価格の多くは外部の金融環境がもたらした余剰資金に依存しており、その流れが細れば前提は崩れる構図だった。

§ 02 The Event

転機は2022年春に訪れた。二次市場の価格は早春に頂点を打ち、そこから下落へ転じた。主要な価格指数の一つでは、総合指数が2022年3月前後に最高値をつけたとされ、人気3機種の頂点もほぼ同時期に重なった。ある調査では、二次市場で売買される時計の平均価格が、頂点で4万5千ドル前後まで上昇したと伝えられる。人気機種では、定価の5倍ほどで取引される例もあったとされる。

反転の引き金は、時計の外側にあった。2022年3月、米連邦準備制度がインフレ抑制のため利上げを開始した。金利の上昇は景気後退への警戒を高め、投機資金を実物資産から引き上げさせた。同じ時期、暗号資産の相場が急落した。含み益で時計を買っていた層が損失を埋めるために手放し、入手困難だったはずのモデルが市場にあふれた。

下落は単発では終わらなかった。二次市場の総合指数は頂点から3割前後下げたと伝えられ、価格の高いモデルほど下げ幅が大きかった。ロレックスのデイトナは、2022年前半に4万7千ドル台まで上げた相場が同年後半に3万5千ドル台へ戻したとされる。それでも定価の倍を超える水準であった。パテック フィリップのノーチラス5711も、20万ドル近くまで上げた相場が後におよそ半値まで戻したと伝わる。下落はその後も四半期単位で続き、複数の指数が2025年ごろまで前期割れを重ねたと報じられた。2025年に入ると下げ止まりの兆しが現れ、2026年には機種を選んだ回復の動きも伝えられている。

§ 03 Significance

この調整が示したのは、価格の下落そのものよりも、市場の性格が変わったことである。資金が引くとともに投機目的の買い手は市場を離れた。残ったのは時計を使い、収集する層と専門業者である。取引の幅は締まり、価格は実需に見合う水準へと近づいていく。

調整は市場を一様に冷やしたわけではない。供給を絞り需要の厚いブルーチップは高いプレミアムを保った。一方、3大ブランドを除く平均では、定価を3割前後下回る水準まで戻ったとする集計もある。何が価格を支えているのかが、過熱期には見えにくかった分だけ、調整を通じて可視化された。メーカー公認中古の制度化が同じ時期に進んだことも、二次市場を投機の場から正規の流通へと置き直す流れの一部だった。二次市場の規模自体は、調整下でも縮まずに伸びた。投機で膨らんだ価格が剥がれる一方、中古を選ぶ行動は定着し、新品を補う流通として根づいていく。

重要なのは、調整後の価格が依然としてコロナ禍以前を上回っていた点である。投機分が剥がれても、実需は残ったのである。時計を資産として扱う見方の限界と、嗜好品としての価値の手強さが、同じ局面で同時に示された。この問いは、機械式時計の存在意義そのものへと接続していく。

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