AP 2120
1967年に発表、JLC設計のエボーシュを三大メゾンが共有した、フルローター式で世界最薄級の自動巻
Cal.2120は、Jaeger-LeCoultreが1967年に設計したCal.920を母体とする、自動巻の超薄型ムーブメントである。厚さ2.45mm、径28.40mm、36石、19,800vph(2.75Hz)、パワーリザーブは約40時間。中央配置のフルローター(全回転式巻上錘)を21K(21金)ゴールドで成形し、その外周をルビーローラーで支える構造により、フルローター式として世界最薄級の薄さに達した。表示は時・分で、日付を加えた派生がCal.2121となる。ロイヤルオーク初代Ref.5402(2121搭載)やジュールオーデマ・エクストラシンを支え、AP躍進の技術的基盤となった名機である。
| Maker | Audemars Piguet |
|---|---|
| Reference | AP 2120 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 20,160 bph (2.8 Hz) |
| Jewels | 36 石 |
| Power reserve | 40 h |
| Movement ⌀ | 28.4 mm |
| Hands | Hours, Minutes |
系譜と歴史
1. 自社製でも汎用でもない「高級エボーシュ」
Cal.2120の出自は、自社製か汎用かという一般的な二分法に収まらない。母体はJaeger-LeCoultreが1967年に設計したCal.920であり、その開発にはAudemars Piguet、Patek Philippe、Vacheron Constantinの三社が資金と技術で関与した。完成した設計は、JLCからエボーシュ(半完成ムーブメント)として三大ブランドにのみ供給された。各社はこれを独自に組み上げ、仕上げを施して自社キャリバーとした。APでの呼称が2120(無日付)および2121(日付付)である。ETA系のように広く流通する汎用品ではなく、限られた高級メゾンが共有した点に特異性がある。なお、設計と製造を担ったJLC自身は、Cal.920を自社の時計に一度も用いなかったと伝わる。
2. ロイヤルオークを生んだ薄型設計
1972年、Gérald Gentaの手によるロイヤルオークRef.5402が登場する。ステンレス製の高級スポーツウォッチという当時前例のない構想は、薄いケースに収まる自動巻を必要とした。その解がCal.2121であった。厚さ3.05mmのムーブメントは、約7mmという薄いケースを可能にした。発表当初、鋼製で高価格のロイヤルオークは市場に容易に受け入れられなかったが、後にAPを代表する基幹モデルへと育つ。クォーツ・ショックの逆風下にあったAPにとって、このムーブメントは経営を支える資産となった。同時代には超薄型化を競う動きが広がり、より薄いマイクロローター式や周辺ローター式も現れた。Cal.2120は、巻上効率と堅牢性を重んじ、あえて中央のフルローターを選んだ設計思想に立つ。
3. 派生から継承へ
Cal.2120は数多くの派生を生んだ。1978年にはMichel Rochat、Jean-Daniel Golay、Wilfred Berneyらが薄型の永久カレンダー・モジュールを開発し、Cal.2120/2800が生まれる。これは初期型でRef.5548に搭載され、1984年にはロイヤルオーク・パーペチュアルカレンダーへと展開した。2015年のCal.5134では週表示が加えられるなど、複雑機構の土台としても長く用いられた。基本のCal.2120/2121も、ジュールオーデマやロイヤルオーク・エクストラシン(Ref.15202)へ受け継がれた。Cal.2121は2021年末に退役し、翌2022年、ロイヤルオーク50周年に合わせてAPの自社製Cal.7121が座を継いだ。半世紀にわたりAPの薄型自動巻を支えた、稀有な共有設計であった。
技術解説
フルローターのまま薄さ2.45mmを実現
Cal.2120の核心は、中央配置のフルローター(全回転式の巻上錘)を保ちつつ、厚さ2.45mmに収めた点にある。超薄型化では、巻上錘を小型化したマイクロローターを採るのが一般的だった。中央にローター軸と2番車(分針を駆動する歯車)が重なると厚みが増すため、多くの薄型機はこれらを意図的にずらしている。Cal.920/2120はあえて両者を中央に配し、別の手法で薄さを得た。鍵となるのが、コンパクトな切替ロッカー式の双方向自動巻機構と、極小化されたローター軸、そして吊り香箱(地板から吊られた香箱)である。これらの組み合わせが、全回転ローターと薄さの両立を支える。
外周を支えるルビーローラー
中央ローターは21K(21金)ゴールドで成形され、地板の上へ低く伏せられる。このローターの外周を、4つのルビー製ローラーがベリリウム合金のレール上で支える。中心軸のみで保持するのではなく外周でも受けることで、薄い全回転ローターを安定して回す構造である。21Kローターがルビーローラー上を滑らかに巡るこの機構を、AP公式も本キャリバーの象徴と位置づける。
調速機には、緩急針を持たないフリースプラング・テンプ(振り座側で精度を直接調整する方式の調速機)を採用し、テンプ上の調整錘で歩度を整える。耐震機構を備え、スポーツウォッチでの使用にも耐える堅牢性を持つ。振動数は19,800vph(2.75Hz)、石数は36石、パワーリザーブは約40時間である。毎時の振動が比較的穏やかなこの値は、薄型機の負荷を抑えつつ実用精度を確保する設計と言える。前述の吊り香箱は、受け板の一部を省いて高さを節約する手法であり、薄型化に寄与する。36石の多くは輪列やテンプの軸受に配され、摩擦と摩耗を抑える役割を担う。
薄型化への一つの解法
フルローターを採る本機は、巻上効率の高さと構造の堅牢性を特長とする。巻上錘を小さくして薄さを稼ぐマイクロローター式に対し、Cal.2120は全回転ローターを低く寝かせる発想で同等の薄さに迫った。両者は優劣ではなく、薄型化に向けた異なる解法と捉えるのが妥当である。全回転ローターは中央軸と外周の二点で支えられ、長期の運用でも安定して機能する点が評価されてきた。表示は時・分が基本で、日付を加えたCal.2121では厚さが3.05mm、さらにカレンダー機構を重ねた構成では3.40mm前後となる。基本設計に余地があったからこそ、永久カレンダー等の複雑機構の土台にも展開できた。仕上げは、ブリッジの面取り研磨(アングラージュ)、窪み部のペルラージュ、稜線のサテン仕上げが手作業で施され、共通のエボーシュを各メゾンが独自に磨き上げた。